子どもたちが身につけなければいけない能力だと思います

子どもがあれこれ考えて

一つものを買ってもらうと、じきに飽きがきて、気に入らなくなる-という状態のくり返しで、実にものを粗末にしましたし、暴力をふるって、次々と壊しましたこの二つの例とも、両親と協力しながら、一歩一歩るまでに、五、六年もかかってしまったのです。「耐える力」を養っていきました。落ちついた状態になものが豊かに与えられていますと、子どもはそれらを大切にしません。壊れればまた買ってもらえると思えば、誰だってものを大切にはしないでしょう。あるいは、壊しさえすれば新しいものが買ってもらえるという気持があるのですから、ものを大切にするはずがありません。

幼児に再会したときには


幼児は挑戦への意欲を持ち続けることができるのです

>伸びてきた若木をひねくれさせるそのときになって、ものやお金の大切さについて説明してみても、「わかっている」とか「うるさい」と言って、聞こうとはしないものです。自分の欲望を遂げることで頭がいっぱいになっているのですからすぐには買ってもらえなくても、努力すれば目的を達することができる-という方向を打ち出すことは必要です。それがないと、「拒否」ということになり、子どもは希望をも失ってしまいます。ある期間「待たせる」ことをしているうちに、あれほど欲しかったものが、そんなでもなくなったり、どうでもよくなったりすることがしばしばです。そうした経験をさせることが、ものを買うときに慎重でなければならず、見通しを立てなければいけないという自覚を育てます。


幼児が幼かったときに

そうした孤独な子どもは

幼児に言わせることでまたたくまに、どうすればいいかを呑み込んでしまったらしい。猛獣に芸を教えるときも同じ要領だという。芸をしたら、ほうびのおいしい肉を与える。それがほしいからめんどうなこともする。あぶないことも辞さない。腹がふくれたらもうごめん、とごろりと寝そべって動こう努力するのは、ひもじいからである。子どもに分解してもらえば動物は正直だから、ら、おなかをいっぱいにしておいて、さあ、勉強しなさい、露骨にあらわすが、人間だって、動物の一種だかと言っても、ちょっと一服しなくては、と言うだなんとなく欲求不満があると、それが解消できるなら、つらくてもやってみようかということになる。勉強すれば、おいしいものをあげようといえば、ごちそうほしさでも、勉強してみるかという気をおこす。いつもうまいものを食べつけていると、ごちそうの効果もあがらない。ひもじくしておく方がごほうびのきき目も大きい。過保護などといわれる親は、はげみをなくしているようなものだ。


この短期記憶をする脳を育てるには

テストに対して何も反応しなければ、せっかくいい点を取っても「どうせ見せてもほめられないし」とモチベーションが下がります。悪い点でも「今度は喜んでもらえるような点を取りたい、がんばろと思えるような言い方をすればいいのです。親がテストに興味を示さなければ、子どもは「どうでもいいのかな」と思ってしまいます。「見せて」「どうだった?」とどんどん聞いて、見せてもらいましょう。うるさがっても、「ちゃんと見てくれている」「結果を気にかけてくれている」と子どもが感じることのほうが大事です。

幼児たちがかけ登って行ったのには驚いてしまいました

子どもを見ていてさて、答案を見ながらどう声をかければいいのでしょうか。まず、できたところをほめてあげてください。その子なりに勉強してテストに臨んだわけですから、たとえ110点であっても二〇点取れた部分に注目してほめてあげる。これは必ずやってあげてください。前にも書いたように、間違えた問題について「どうしてこんなところで間違えるの!」りません。

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